「山」は一体だれのもの?
8月22日(金) 午後2時半の気温、30℃ 天候、晴れ
こんにちは。
こちらの写真は、今朝がた中房線の途中で撮ったものです。何やら秋の気配を感じたのでシャッターを切ってみました。
さて、本日のお題にしました「山は一体だれのもの?」ですが、
これは先日から私の胸に去来した素朴な疑問でございます。
ここ有明荘がある場所は、「国立公園」、「鳥獣保護区」、「国有林」など色々な肩書が付いています。
もちろん、これは我々人間が様々な想いから導き出した「約束事」な訳ですが、ハッキリ言って難しい内容だったりします。
…なので、もっと純粋に単純な答えはないだろうか?と考えました。
例えば、「都会の日々に疲れ、いやしを求めて山に登り、そこに咲く花にひとときのやすらぎを覚える。」なんて事も多いかと思います。
仮にその花が我々人間の不注意でなくなってしまったら、我々がいやされる事も無くなってしまいます。
鳥や獣、虫も同様です。種によってはそこでしか生きられない生きものも居ます。ライチョウとか。
山というのは、元々そこに根づいていた動植物が居て、そこに人間が文化・文明を持ち込んで現在の姿になっていると思います。
我々はそこの先住民たる動植物に恵みを分けてもらっている訳です。大樹が根を張り、地を抑え水を蓄え、その水を私達が飲んでいるという事です。
単純に言うと、巡り巡って「みんなの山」なんだと思うのです。
あくまでこれは高橋・個人の想いなので、10人いれば10通りの想いがあると思います。
大事なのは、こういう事をたまには考えてみるのも良いんじゃないかなという事です。
そうしたら、この先も素晴らしい「山」が、もっと素晴らしいものになるんじゃないかなと思った、今日この頃でした。
(高橋)